ブックタイトル東北大学 アニュアルレビュー2014
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東北大学 アニュアルレビュー2014
研究の取組紹介Annual Review 2014こころの絆を目で見る言葉遣いのユニバーサルデザイン「こころの絆」って何だろう?日本語は語順が自由とは言うけれど東日本大震災のあと、「こころの絆」という言葉が日本中で聞かれました。「こころの絆」とはいったい何を意味しているのでしょうか?絆の定義は、断つことのできない人と人の結びつきとされます。「こころの絆」は、断つことのできない「こころ」と「こころ」の結びつき、すなわち、互いの「こころ」を互いに理解しあうことによって結ばれるものと考えることができます。脳の働きを目で見る最新技術を開発a超小型近赤外分光装置私たちはさまざまな装置を使って、人間が身体を動かしたり、測することができます。何かを考えたりしている時の脳の働きを画像化するさまざまな技最近、この技術を用いて超小型の装置を開発しました(図a)。術を持っています。こうした技術の一つに、近赤外光という光線重さは100g未満、好きな場所で20人同時に脳の働きを計測すを使って大脳の働きを知ることができるものがあります。近赤外ることができます。私たちは、この最新装置(超小型近赤外分光光は人間の皮膚や筋肉、骨などを通過しやすいという性質を使っ装置)を使って、「こころの絆」を目で見ることができないかというています。詳しい原理は省略しますが、頭皮の上から脳に近赤外チャレンジを行っています。光を照らし、脳からの反射光を計測することで、大脳の活動を計まず、次の二つの文を読み比べてみて下さい。?ゾウさんがクマさんを押しました。?クマさんをゾウさんが押しました。どちらが、より自然でわかりやすい、と感じましたか? ?のほうが「自然だなあ」とか「好きだなあ」と感じた方が多いのではないでしょうか。?のほうが?よりも短い時間で正確に理解できることが、さまざまな実験で確かめられています。この二つの文は、どちらも同じ単語でできた同じ意味の文です。それなのに、どうしてわかりやすさに違いがあるのでしょうか? ?は、「ゾウさんが」という主語が「クマさんを」という目的語よりも前に来ている、「主語・目的語・動詞」の語順の文です。日本語では、これが文法的な基本語順です。それに対して?では、目的語の「クマさんを」が主語の「ゾウさんが」よりも前に現れています。日本語は英語などと違い、単語を並べる順番が比較的自由で、「目的語・主語・動詞」という語順も文法的に可能です。実際に日常生活で?の語順の文が使われることも珍しくはありません。しかし、?の語順は日本語の基本語順ではありません。そのため、この語順の文を読んだり聞いたりして理解する際には、?のように、頭の中で基本語順に変換する処理が行われます。?クマさんをゾウさんが「」押しました。?のような基本語順の文を理解する際には、このような語順を変換する処理は必要ありません。そのため、?の文の方が?の文よりも脳にとって負担が小さく、「理解しやすい」とか「自然だ」と感じられるのです。他者の「こころ」を理解する働きは背内側前頭前野にある語順の変換、引き受けます「こころの絆」を研究するのにあたり、カギとなりそうな認知心理学の理論があります。これは「こころの理論」と呼ばれていて、他人が自分とは異なった信念や意図を持っていることを理解する能力のことです。人間だけがこの能力を有していること、3歳くらいにならないと身につかない能力であること、自閉症の方はこの能力がうまく働いていないことなどが知られています。他者の「こころ」を理解するための重要な要素である「こころの理論」は、大脳の前頭葉の背内側前頭前野(図b)の活動が重要な役割を果た「こころ」と「こころ」が共鳴する実験では、4人の東北大学の大学生に協力をしてもらい、超小型近赤外分光装置を付けた状態でしりとり遊びをしてもらいました。しりとりをしている時の背内側前頭前野の活動は、参加者それぞれバラバラのパターンを示していました(図c)。脳活動のゆらぎ上:脳活動データは4人の被験者のものを異なった色で表示してある下:相関度の強さは、赤>オレンジ>黄色、白は統計的に意味のある相関性なしを示すしていることがわかっています。私たちがこれまで行ってきた脳研究では、誰かに話しかけたり誰かと会話をしたりする時に、この背内側前頭前野が活発に活動することを明らかにしまb背内側前頭前野(脳を正面から見た図)した。そこで、複数の人がコミュニケーションを行っている時の背内側前頭前野の活動を、超小型近赤外分光装置で測定してみることにしました。方が個人間で似通っているかどうかを調べてみると、しりとりを各自ばらばらに一人で行った時には、まったく相関性がありませんでしたが、四人で協力しながらしりとりをできるだけ長く続けるようにしてもらった時には、特定の個人間の脳活動のゆらぎ方が強く相関することがわかりました(図c)。脳活動のゆらぎ方が相関している様は、脳活動の共鳴現象が生じているようです。「こころの絆」が結ばれると、コミュニケーションの脳が共鳴しているのではないかと考えています。それでは、語順を変換する処理は、脳のどこで行われているのでしょうか?人間の脳の中で、ちょうど左のこめかみの奥の辺りに、ブローカ野と呼ばれる場所があります。そのブローカ野が語順の変換に重要な役割を果たしているということが分かっています。たとえば、MRIという装置(図1参照)を使って調べると、?の誰にとっても分かりやすい言語表現を求めてこのように、文法上の基本語順の方が、それ以外の語順よりも脳への負担が小さく、よりわかりやすい語順であることが知られています。ですから、失語症患者や、日本語を外国語として学んでいる学習者に話しかける際には、できるだけ基本語順を使ったほうが正確に理解してもらえる可能性が高まります。同様に、日本語だけでなく、これまで研究されたどの言語でも、語順の文を理解しようとしているときよりも、?の語順の文を理解しようとしているときのほうが、ブローカ野の活動が高まることがわかります(図2参照)。また、事故や病気などでブローカ野に損傷を負うと、?の語順の文は理解できるのに?の語順の文は理解できない、という症状になる場合があります。その言語の基本語順の文が、その言語で文法的に可能な他の語順の文よりも理解しやすい、ということが確かめられています。以上の例のように、健常図2?の語順の文を読んでいるときよりも、?の語順の文を読んでいるときのほうが、赤な母語話者だけでなく、外色で示した部分(ブローカ野周辺)の活動が国語学習者や失語症患者な高まる。(Kim et al. 2009より改変)ど、誰にとっても理解しやすい言語表現の性質、すなわち「言葉遣いのユニバーサルデザイン」を探る研究が、いま世界中で盛んに進められています。c背内側前頭前野の活動データ(上)と実験参加者間の脳活動のゆらぎの相関係数(下)川島隆太(かわしまりゅうた)1959年生まれ現職/東北大学加齢医学研究所教授専門/認知脳科学、脳機能計測学関連ホームページ/http://www.fbi.idac.tohoku.ac.jp/fbi/index.html図1/MRI(磁気共鳴画像)装置の一例小泉政利(こいずみまさとし)1964年生まれ現職/東北大学大学院文学研究科准教授専門/言語学、認知脳科学関連ホームページ/【研究室】http://www.sal.tohoku.ac.jp/ling/【研究】http://www.sal.tohoku.ac.jp/ncl/2930