ブックタイトル東北大学 アニュアルレビュー2014
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東北大学 アニュアルレビュー2014
研究の取組紹介Annual Review 2014遺伝子、脳、そして恋愛認知症誰かを好きになる謎人口の高齢化が進み認知症が増え続けていますウェブで、テレビで、雑誌で、そして友だちとのおしゃべりで、毎日必ず話題となるテーマ、それは「恋愛」ではないでしょうか。考えてみれば不思議な話です。なぜ、ある特定の人にだけ、熱い情熱を燃やしてしまうのか。プラトンは『響宴』の中で、人はもともと「男-男」「女-女」「男-女」という生き物だったが、ゼウスによって二つに切り裂かれ、以来、自分の片割れを求めて生きるのだと説きました。これは、異性愛と同性愛の起源を説明したものとしてよく知られていますが、それから二千四百年ほど経った今日でも、私たちの恋の謎は未だに解き明かされずにいます。わかっていることと言えば、恋愛感情は脳のどこかで生まれる、ということだけです。心はヒトの専売特許ということになっていますが、つがいとなる相手をもとめて異性に求愛すること自体は、さまざまな動物に共通しています。そ図1/サトリ変異体の雄同士が求愛して数珠つなぎになったところ(小川もりと氏撮影)こで私たちは、遺伝子操作が容易で、脳の神経回路も単純なショウジョウバエを使って、「求愛を生み出す遺伝子」、「求愛に駆り立てる神経細胞」の本体を探し出すチャレンジを始めました。厚生労働省研究班による2009?2012年度に全国八市町で行われた疫学調査の最新の報告では、わが国の65歳以上の高齢者のうち15%、すなわち現時点で約462万人に認知症があるとされています。74歳までは10%以下ですが、75歳以上の後期高齢者になるとずっと高くなり、85歳以上になると半数近くになります。これに加えて認知症の前段階とされる軽度認知障害の高齢者も13%、約四百万人いると推計されています。現時点で人口の約4分の1が65歳以上の高齢者で、この先2035年までは後期高齢者の人口が増え続け、そのため認知症を有する人の数は増え続けると見込まれています。これは医療ばかりか社会にとってとても大きな問題です。認知症は歳のせいでしょうか?青年期を過ぎれば、年とともに体の機能は衰えていきます。この「老化」は自然の摂理であり、抗うことはまず不可能です。脳機能の老化もその例外ではありません。一方、認知症というのは、大脳を冒す病気で出てくる症状を言います。ですから老化とは一線を画さねばなりません。認知症は歳のせいではありません。アルツハイマー病や脳血管障害などの認知症を起こす病気の多くは高齢者に生じます。ですから高齢者の数が増えれば当然大脳の病気を患う人の数も増え、認知症を有する人の数が増えるというわけです。認知症は歳のせいで起こる機能の低下ではなく、高齢者に多い大脳の病気の症状なのです。まずこの点をご理解ください。認知症に関する多くの誤解はどうもこの視点が欠けていることで生じているようです。キーワードは、「大脳の病気」による「症状の一つ」です。愛の遺伝子?ショウジョウバエの雄は、雌をみつけると大急ぎで走り寄ります。そして前脚で雌の腹をたたき、二枚の翅の一方だけを羽ばたかせて種に特有の羽音を発生させます。雌はこの羽音を聞いてその雄を受入れるかどうか、「決心」します。そのため、この羽音はラブソングと呼ばれています。普通、雄は雌にしか求愛をしません。ところが私たちは、ある遺伝子の働かなくなった突然変異体の雄が、雌に求愛せずに雄に求愛することを発見しました(図1)。発見当初、雌に求愛しないことだけに目を奪われ、この変異体の雄は性欲を超越した悟りの境地にある、との意味でサトリと命名したのですが、実際には雄が同性愛行動をとる変異体だったのです。その後、サトリで変異を起こしているのがフルートレスという名の遺伝子であること、このフルートレス遺伝子の暗号を解読できるのは雄だけであること、解読の結果できてくるフルートレスタンパク質は、オーケストラ指揮者のようにたくさんの遺伝子を操って「雄らしさ」を作り出すこと、などがわかってきました。認知症は大脳の病気による症状です「認知症は不治の病」ともよく言われます。でもそれは二重の意味で誤っています。まず、認知症というのはいろいろな大脳の病気によって生じる症状であって、特定の病気を指すものではありません。ここで病気と症状について分かりやすい例を挙げて説明しておきます。肺癌の症状のひとつに咳がありますが、肺癌が病気で咳が症状です。咳を起こす病気はインフルエンザもあれば風邪もあります。これらの病気では咳という症状をもたらしますが、命に対する危険も予防法や治療法も全く異なります。同様に、認知症は症状であり病気ではないということを理解しておくことは大変重要なことのです。認知症を引き起こすいろいろな大脳の病気を「認知症」と一括して論じられるものではないのです。治療においても介護においてもそれぞれの病気ごとに分けて考えることが必要です。脳にやどる性ショウジョウバエの脳には約十万個の神経細胞があります。そのうち、わずか2000個の細胞、それも雄の脳でだけフルートレス遺伝子は使われているのです。そんな「フルートレス細胞」を細かく観察してみると、同じ細胞であっても雄と雌で形の違っているものがあります(図2)。そうかと思うと、雌または雄の一方にしか存在しない細胞もありました。つまり、脳そのものの造りに雌雄差があるのです。サトリ変異体の雄の脳では、そうした細胞のほとんど全てが雌型に性転換しているのでした。さらに、雄にしかないフルートレス細胞のうち、約20個を人工的に興奮させてみると、相手がそこにいるわけでもないのに、その雄は突然ラブソングを歌って求愛を始めました。また、雄にしかないこの約20個の細胞を人工的に雌の脳に作り出してみると、何とその雌が雄の所作で他の雌に求愛したのです。この20個の細胞は求愛の司令をだす働きをしているのでしょう。他のフルートレス細胞は、歌をうたう役、雌を見つける役、というように、性行動のいろいろな部分をそれぞれが分担していると考えられます。一個の遺伝子の働きを操作することによって脳の性が切り替わり、行動の性転換が起こったというわけです。ヒトでも同様の仕組みが働いているのか、その解明はこれからの研究に委ねられています。認知症の診断法と治療薬の確立へ次に、「不治」という点でも間違えています。治癒させることができる病気もありますし、たとえ治癒させることはできない病気でも、進行を抑えたり、症状を和らげたりすることができるようになってきました。例えば特発性正常圧水頭症という病気は、脳脊髄液が頭蓋腔内に貯まり、脳室が大きくなる病気ですが、脳脊髄液を腹腔などに流すチューブを皮下に埋め込む手術によって治癒させることができます。従ってこの病気を他の病気といかに区別して診断するかということが大事です。私たちはMRIを使って診断する方法を臨床研究を通じて確立してきました(図)。アルツハイマー病には有効な治療薬がありますが、その治療薬の一部はレビー小体型認知症という病気にはさらに有効であることも臨床研究を通じて確立しつつあります。この先それぞれの疾患を治癒させるような治療法が開発され、冒頭に書いた予測がはずれることを信じています。図2/雌雄で形の違う神経細胞集団左が雄、右が雌(木村賢一氏撮影)山元大輔(やまもとだいすけ)1954年生まれ現職/東北大学大学院生命科学研究科教授専門/行動遺伝学関連ホームページ/http://www.lifesci.tohoku.ac.jp/research/microbrain_analysis/図.健常者、アルツハイマー病、特発性正常圧水頭症のMRI脳の断面を示す、脳室(脳の中)およびくも膜下腔(脳の周囲)の脳脊髄液(黒く見える)に注目、健常者に比べアルツハイマー病では脳萎縮のため脳脊髄液がほぼ均等に増えているが、特発性正常圧水頭症では脳室とくも膜下腔の下半分では増加し、上半分では減少している。森悦朗(もりえつろう)1951年生まれ現職/東北大学大学院医学系研究科高次機能障害学分野教授専門/神経内科学、神経行動学、脳卒中学、認知症学関連ホームページ/http://www.med.tohoku.ac.jp/org/disability/65/http://www.bncn.med.tohoku.ac.jp/https://ja-jp.facebook.com/TOHOKUKOUJI3132