ブックタイトル東北大学 アニュアルレビュー2015

ページ
16/40

このページは 東北大学 アニュアルレビュー2015 の電子ブックに掲載されている16ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

ActiBookアプリアイコンActiBookアプリをダウンロード(無償)

  • Available on the Appstore
  • Available on the Google play
  • Available on the Windows Store

概要

東北大学 アニュアルレビュー2015

(百02日常生活の中でもDNAや遺伝子という言葉をよく耳にするようになりました。私たちが持つ形質は親から子へ遺伝していきますが、その遺伝情報が記された物質がDNAです。DNAは非常に長い鎖のような構造をしていて、DNA上で機能を持つ領域を遺伝子といいます。遺伝子にはいくつかの種類がありますが、本稿では、タンパク質の設計図となるDNAの領域を遺伝子として扱います。遺伝子の情報をもとに作られるタンパク質は、生体の構造を形成するコラーゲンや、デンプンを分解するアミラーゼ(酵素)などのように様々な種類があり、それぞれが生きていくために必要な機能を持っています。では、生物はいったいどれくらいの遺伝子を持っているのでしょうか?生物が持つ遺伝子の数に焦点を当てながら、遺伝子が辿ってきた進化の歴史の一端を紹介しましょう。生物によって異なる遺伝子の数▼遺伝子の数は生物によって大きく異なります。最も原始的な生物である大腸菌は、わずか4,000しか遺伝子を持っていませんが、ヒトでは2万を越える遺伝子を持っています。ヒトと同じ脊椎動物に属するメダカ、カエル、ニワトリの遺伝子の数は、ヒトと大きな違いはありません。一方で、イネ、トマト、トウモロコシのような植物は、より多くの遺伝子を持っています。また、とても小さな生物であるミジンコが、ヒトより多い三万もの遺伝子を持っているのは驚きです。DNAの長さの違いについても見てみましょう。遺伝子数の少ない大腸菌や酵母はDNAが短く、ヒトやニワトリなど遺伝子数が多い生物では長いDNAを持つ傾向が見て取れます。しかし、同じような遺伝子数を持つイネ、トマト、トウモロコシ間で比較をすると、DNAの長さに大きな違いがあり、DNAが長いからといって、遺伝子を多く持つわけではないことが分かります。大腸菌や酵母のDNAには隙間なくぎっしり遺伝子が詰まっていますが、ヒトや植物など長いDNAを持つ生物は、機能のまだ分からないDNAを多く持っているのです。こうしたDNAを多く持つ理由についてはっきりしたことは分かっていませんが、自由に使えるDNA上のスペースが多いことが、生物が進化する上で有利となっているのかもしれません。遺伝子はどのように増えるの?研究の動き│RESEARCH生物が持つ遺伝子の数の話牧野能士▼原始的な生物である大腸菌などのバクテリアは遺伝子数が少ないことから、我々生物の共通祖先はそれほど多くの遺伝子を持たず、進化の過程で遺伝子数を増やしていったと考えられます。生物の進化の歴史の中で、どのように遺伝子の数は増加してきたDNA図1遺伝子の重複とその後の運命のでしょうか。遺伝子の機能は、DNAを構成する四種類の物質の並び方(配列)によって決まります。DNA上では様々な突然変異が生じ、生物の進化過程で少しずつ変化していきます。遺伝子の配列中に突然変異が起きると、異なる機能を持ったタンパク質が作られるようになることがあります。遺伝子への突然変異によりタンパク質が正常に機能しなくなり、病気の原因となったりもします。また、DNAの領域が重複(コピー)される突然変異も頻繁に起こることが分かっています(図1)。もし、コピーされたDNA領域に遺伝子が含まれていた場合、遺伝子の数が増えることになります。このような突然変異を遺伝子の重複といい、重複してできた遺伝子を重複遺伝子といいます。生物は遺伝子の重複を繰り返して、遺伝子の数を増やしてきたのです。その証拠に、遺伝子はそれぞれ固有の遺伝子配列を持っているわけではなく、多くの場合は同じような配列、すなわち、似たような機能を持つ兄弟遺伝子が存在しているのです。このことからも遺伝子重複が遺伝子数を増やす原動力であることが分かります。特に、ミジンコでは遺伝子重複が高頻度で起きたことが分かっており、そのためヒトよりも多くのトウモロコシイネトマト酵母カビ遺伝子重複チョウ図2種の系統関係と全ゲノム重複が起きた時期ミジンコ消失新規遺伝子メダカ突然変異カエル全ゲノム重複ニワトリヒト5004003002001000分岐年代万年前)遺伝子を持っているのです。上述の通り植物は多くの遺伝子を持つ傾向にありますが、ミジンコとは異なる重複メカニズムも使って遺伝子の数を増やしてきました。遺伝子全セットの事をゲノムといいますが、植物では全ての遺伝子を重複する全ゲノム重複によって遺伝子を増やすことができたのです。全ての遺伝子が一度に重複するので、非常に大きな進化イベントであると想像できるでしょう。酵母やヒトも、過去に全ゲノム重複を経験したことが分かっていますが、それぞれ1億年前と5億年前と大昔のことであり、植物以外では全ゲノム重複が起きにくいことが分かっています(図2)。増えた遺伝子の運命▼重複により遺伝子が二つに増えますが、DNA上に同じ機能を持つ遺伝子が存在することにあまり意味はありません。そのため、多くの場合、重複した遺伝子は消えてなくなります(図1)。植物は何度も全ゲノム重複を経験してきましたが、遺伝子数が10万を越えるような桁違いな遺伝子数となっていないのは、全ゲノム重複の後に冗長となった多くの重複遺伝子が消失しているためなのです。ここで注目すべき点は、重複でコピーされた遺伝子は不要であるがゆえに、突然変異が入っても病気になったりしません。このため重複した遺伝子では、突然変異によって新しい機能を持つ遺伝子に変化しやすい特徴があります。このように生物の遺伝子は、遺伝子の重複と消失を繰り返しながら、新しい機能を持つ遺伝子の誕生により数を増やしてきたのです。遺伝子が多い生物は優秀?▼酵母はヒトと同じ真核生物という分類群に属する生物ですが、より単純な生物である大腸菌と比較して遺伝子数に大きな違いはありません。遺伝子の数と生物の複雑さは必ずしも一致しない図4遺伝子重複砂漠の形成に関わる全ゲノム重複遺伝子オオノログ重複領域が占める割合?短いコピー数多型(3kb以下)の出現頻度長いコピー数多型(10kb以上)の出現頻度コピー数多型全体の出現頻度コピー数多型を持つ非オオノログの割合オオノログの割合オオノログの高密度領域(50%以上)ようです。一方、比較的近縁な生物種の間で遺伝子の数に着目すると、重複遺伝子を多く持つ生物ほど様々な環境で生息が可能であることが分かってきました。例えば、ゲノムの情報が分かっているショウジョウバエ属11種を用いた研究では、生息環境が多様な種ほど(図3の縦軸の数値が高いほど)全遺伝子中の重複遺伝子の割合が高いことが示されました(図3)。重複遺伝子を多く持つ種ほど暑くても、寒くても、乾燥していても生きていけることができるのです。私たちの研究グループは、さらに研究を進めて哺乳類においても同様な傾向があることを見出しました。このように遺伝子の重複によって促進される遺伝的な多様性の増加は、環境への適応に寄与していると考えられます。生息環境多様性0 1 2 3図3ショウジョウバエの生息環境多様性と重複遺伝子の割合の関係生物が持つ遺伝子の数に焦点を当てて話をしてきました。今回取り上げた話題以外にも、遺伝子ごとに重複しやすさが違ったり、全ゲノム重複後に消えずに残った遺伝子は病気に関わりやすかったりと、たくさんあります(図4)。本稿を通して読者の方々に少しでも遺伝子について身近に感じて頂けたなら幸いです。????(写真引用: ensembl.org)0.49 0.50 0.51 0.52 0.53 0.54 0.55全遺伝子に対する重複遺伝子の割合牧野能士(まきのたかし)■1974年生まれ■現職:東北大学大学院生命科学研究科准教授■専門:比較ゲノム学、分子進化学■関連HP:http://www.lifesci.tohoku.ac.jp/teacher/a_makinoTohoku University ANNUAL REVIEW 2015page: 14Tohoku University ANNUAL REVIEW 2015page: 15