ブックタイトル2016読書の年輪 -研究と講義への案内-

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概要

2016読書の年輪 -研究と講義への案内-

大西巨人著神聖喜劇(第1巻?第5巻)光文社文庫、2002年参考:漫画「神聖喜劇」(全6巻)大西巨人原作、のぞゑのぶひさ作画、岩田和博監修、幻冬舎、2006-2007年軍隊生活を描いた、戦後日本文学の一つの特異な到達点を示す小説。評が異口同音に指摘するように、とにかく長くて、理屈が多く、取り付きが悪い代物ではある。しかし、旧帝国陸軍に結晶化された官僚制の本質、苛烈な共産主義運動の弾圧、部落差別など、描かれる課題は優れて現代的であり続けている。各所に引用される文書は、日本の古典、マルクス主義の哲学・政治的文書、そして、旧帝国陸軍の操典などで、相当の予備知識が要るように見えるが、それなしでも、話の面白さで読み進めることができる。著者本人が監修した、原作に極めて忠実な漫画本では、戦後も遙かに遠くなった現代の若者が、旧軍隊の生活をヴィジュアルに追体験できる。話は、左翼運動のために帝大を中退した新聞記者である東堂二等兵の1942年1月から4月までの教育期間における営内(軍隊内)の出来事を基礎に、営外(一般社会)における経験と記憶をフラッシュバックしながら、戦時中の社会のあり方が考察される。私がこれを読んだのは1980年台であったが、当時在籍していた厚生省直轄の国立研究所の管理運営体制と比較して、戦前・戦後を貫く官僚制の連続性を痛感した(因みに、帝国陸海軍の組織は、厚生労働省の社会・援護局が現在なお引き継いでいる)。イーヴリン・アーサー・セント・ジョン・ウォー著回想のブライズヘッド(上・下)小野寺健訳、岩波文庫、2009年参考:「ブライヅヘッドふたたび」イーヴリン・ウォー著、吉田健一訳、ちくま文庫、1990年(復刻ドットコム2006年)イーヴリン・ウォーは英米圏では、現在も読まれている作家で、その代表作である。イギリスでは、2回TVシリーズとなり、米国においても放映された。第一次大戦と第二次大戦の戦間期の、イギリスの貴族階級と上層中間階級の青年たちの、ドイツ風に言えば、教養小説である。イギリスの戦間期は、イギリスの紳士階級の最後の黄金期であり、この小説は、いくつかのエピソードを連ねて、オックスフォード大学の学生生活を描く。イギリスの階級社会は我々には想像のつかないことが多く、小説は、イギリス人なら、当然と思われる事項については詳しく説明しないが、読み進むのに難渋はしない。この小説の(それに興味のない者には何のことだか最後まで分からない)底流は、イギリス社会におけるカトリック信仰の問題で、イーヴリン・ウォーは、少数派のカトリック信者であった。なぜ、これが問題かということは、英国の歴史や社会に即さないと分からないのだが、その意味で、この小説は英国について勉強するための、いわば躓きの石である。私は、英国留学中にTVシリーズを見て以来、何度も読み返しており、その意味で、一読して何がいいたいのか分からない小説であるが、再読、再々読に耐えるものであるとは思う。12