ブックタイトル2016読書の年輪 -研究と講義への案内-

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概要

2016読書の年輪 -研究と講義への案内-

山口隆美YAMAGUCHI, Takamiれる過程として描いている本で、これを薦めるのが読書の年輪としては本道であろう。しかし、ここでは、同じ著者による本書を薦める。平家物語は中世的世界を生み出した大変動であった源平の興亡を描く軍記物の白眉であるが、石母田は、滅び行く平家の人々の物語を歴史的な記述と人物造型を通して分析している。軍記物および漢詩文は、現代における作文技術の範としても有効であり、これを読み、学ぶ(真似ぶ)ことにより、文書を通じた他人の説得と石母田正著平家物語岩波新書、1957年参考:「中世的世界の形成」石母田正著、岩波文庫、1985年石母田正は石巻市に育ち、第二高等学校から東京大学国史学科へ進んだ歴史学者で、『中世的世界の形成』は戦後の歴史学に最も影響力のあった著書とされており、古代から中世にいたる社会構成の変化を、荘園制の崩壊と、農民から武士階級が生まいう人間社会の共通の課題への解答を得ることができる。こういう、言わば、ハウツー的・実用的な読み方は邪道であろうが、これを離れても、古今変わらぬ人の営みを見つめるという意味で、1957年の刊行の古い本であるが、本書は人生と社会の理解の指針としての意義を失っていない。源平の興亡における公家・武家の離合集散の浅ましさは、現代社会における組織内の力学と全く同根であり、千年を経てなお、平家物語が読み継がれる所以でもある。過ぎない。ただそのためだけに、これほどのレトリックを連ねることは、宗教というものの本質を衝き、これを読むというのは、宗教というものの壮大な空虚さを学ぶことである。延々と繰り返される比喩によって賛美される法華経信仰の核心が、真空であることを理解することは、実は、すべての宗教において、その核心?つまり、神とか仏とか、救済とかいう観念?が空虚であることを理解し、宗教から自由植木雅俊訳サンスクリット原典現代語訳法華経(上・下)岩波書店、2015年参考:「法華経」(上・中・下)坂本幸男/岩本裕訳注、岩波文庫、上1962年、中・下1976年18世紀の大阪に出た大天才、富永仲基は、大乗非仏説、つまり、大乗仏典はすべて、歴史的な存在である釈迦の説ではないと喝破した。とりわけ法華経すなわち妙法蓮華経は、何が言いたいのかと言えば、法華経は素晴らしいということを強調するにになることに通じる。私が、これを読んだのは参考に掲げた岩波文庫版で、サンスクリット語のテクストからの翻訳と、漢訳からの翻訳を並べたものだが、その相違、すなわち、学問の対象としてのロータス・スートラと、信仰の対象としての妙法蓮華経への眼差しの違いも興味深い。もちろん、法華経だけが仏典ではなく、般若経、阿弥陀経、そして、いろいろの意味で究極の大乗仏典である密教経典のそれぞれに特色があり、人間というものが、数千年をかけて紡いだ思考のあとをたどるのも面白い。13