ブックタイトル2016読書の年輪 -研究と講義への案内-

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概要

2016読書の年輪 -研究と講義への案内-

レイチェル・カーソン著沈黙の春青樹簗一訳、新潮文庫、1974年「核実験で空中にまいあがったストロンチウム90は、やがて雨やほこりにまじって降下し、土壌に入り込み、草や穀物に付着し、そのうち人体の骨に入りこんで、その人間が死ぬまでついてまわる。だが、化学薬品もそれに劣らぬ禍いをもたらすのだ」。カーソンがこのような警告を発したのは、今から50年前、1962年のことである。現在でこそ「環境破壊」や「環境保護」はグローバルな政策課題となっているが、カーソンが本書を刊行した当時は、核兵器の開発競争が拡大の一途をたどる東西冷戦のまっただ中であった。それゆえ、DDTのような殺虫剤や除草剤などの化学農薬が自然環境に与える壊滅的影響を実証的データに基づいて告発したカーソンの著書は、反響を呼ぶ一方で反発を買い、逆に彼女は化学薬品会社などから非難中傷を浴びることとなった。だが、彼女はそうした圧力に屈せず、自らの主張を貫き通し、やがてはアメリカ政府をも動かして農薬の使用制限へと踏み切らせた。その意味で本書は「環境倫理」の原点であり、バイブルでもある。DDTの発見者パウル・ミュラーはノーベル賞を受賞したが、ノーベル賞はむしろカーソンのような研究者にこそ与えられるべきであろう。柳田国男著遠野物語集英社文庫、1991年現代の最先端の科学と言えば、それを代表するのはやはり脳科学であろう。脳科学の発展は目覚ましく、暗黒大陸と呼ばれた大脳の機能を明らかにすることによって、やがては「心」の本性の解明にまで迫ろうとする勢いである。だが、フロイトによる「無意識」の発見を持ち出すまでもなく、人間の心が抱え込んでいる底なしの深淵は、やわな現代科学のメスが届かないほど広くかつ深い。その深淵に民俗学という方法をもって測鉛を下ろそうとしたのが柳田國男であった。彼は私たち日本人の生活意識あるいは心性(心の傾き)の構造を書かれた文書史料の中にではなく、祖先から口伝えに伝承されてきた多種多様な物語や伝説の中に探ろうとした。その最初の成果が本書『遠野物語』にほかならない。これは岩手県遠野出身の文学者佐々木鏡石から柳田が聞き取った「聞き書き」である。だが、簡勁な擬古文によって綴られた幻想的な物語世界は柳田の筆力の賜物であり、彼が序文で「願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ」と自負しただけの迫力を蔵している。かつて三島由紀夫が本書の第22話(通夜の幽霊話)を「この小話は、正に小説」と呼んだのも頷けるところである。20