ブックタイトル2016読書の年輪 -研究と講義への案内-

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概要

2016読書の年輪 -研究と講義への案内-

木下順二著風浪『風波・蛙昇天』木下順二戯曲選Ⅰ、岩波文庫、1982年、原著1962年現代の日本社会は明治初期や第二次世界大戦後と並ぶ激動期にある、と言われる。その中で青年期を迎えた君にとって、明治初期の熊本を舞台としたこの戯曲は、共感とともに読むことができるだろう。社会の変動期には、次の社会を形成するさまざまな思想が提唱される。明治初期の熊本では、横井小楠を師と仰ぐ実学党、朱子学に依る学校党、神道系の敬神党などが並立し、それぞれの思想によって新しい社会を創造しようとしていた。さらに、キリスト教も入ってきた。このような社会状況の中で、志を持つ青年たちは、それぞれの道を追求する。しかし、主人公・佐山健次は、どの思想にも共感する面を見出しながら、どの一つにも入り込めない。神風連事件前後の激動期に生きる佐山の葛藤を中心テーマとして、この戯曲は展開する。大学生となり、これまでの自分から人間的・思想的に脱皮する時機を迎えた君にとって、佐山の葛藤は他人事ではない。木下順二は、『夕鶴』などの民話劇作家である以上に現代劇作家である。『風浪』を読んだ後には、第二次世界大戦中のスパイ事件を題材にした『オットーと呼ばれる日本人』や戦後の極東軍事裁判をめぐる『神と人との間』など、多くの作品に進んで欲しい。井上ひさし著吉里吉里人(上・中・下)新潮文庫、1985年、原著1981年読み方によっては、荒唐無稽な娯楽小説である。売れない小説家・古橋健二が、取材のために東北本線で一関付近を北上中に、吉里吉里国の独立運動に巻き込まれ、ひょんなことから大統領にまでなってしまう。この間に生じる種々の出来事が、『ひょっこりひょうたん島』の作者によって描かれている。寝転がって笑いながら読むことができる。しかし、この小説は、それ以上に思想小説である。吉里吉里村は、面積40平方キロ弱、人口4千人余の小さな村に過ぎない。しかし、食料は自給可能であり、先進的医療技術を誇る病院を経営し、行政は極端に簡素化され、金本位制度の導入によって国際企業からも支持を得ており、日本国からの独立が法的にも経済的にも可能である。そこで、この小さな村は、自分たちの理想の実現を目指し、日本国から独立しようとする。周到な準備を経て始まったその運動は、しかしながら、独立を阻もうとする日本国の力によって潰されていく。その過程を見る中で、我々が日ごろ当たり前だと思っている物事が、次々に俎上に載せられていく。この小説は、固定観念に縛られがちな我々の思考を解放し、自由な精神に導いてくれる。高橋和己『邪宗門』とは対照的なユートピア小説である。32