ブックタイトル2016読書の年輪 -研究と講義への案内-

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概要

2016読書の年輪 -研究と講義への案内-

海野道郎UMINO, Michio命の稚い日に、すでに、その本質において、残るところなく、露れているのではないだろうか。当初は数年のつもりだった森有正のフランス滞在は、結局、彼の死まで続き、この書簡体の文章もまた、彼の生涯に渡って綴られることになって、彼の思想を今に伝えてくれる。ここには、初代文部大臣・森有礼の孫であり、キリスト教の牧師の子として生まれ、フランスの修道会が設立した小中学校で学び、デカ森有正著バビロンの流れのほとりにて『森有正エッセー集成Ⅰ』ちくま学芸文庫、1999年、原著1957年東京大学文学部助教授だった森有正は、1950年、船でフランスに旅立つ。40歳を前にしての渡仏だった。そして、その3年後、一連の思索を、次のような文で始めた。一つの生涯というものは、その過程を営む、生ルトやパスカルの研究者として研鑽を積んだ森有正が、フランス文化(あるいは、西欧の精神)と格闘せざるを得なかった過程が書き留められている。そこに描かれるのは、凡百の旅行記や紹介文が描くフランスとはまったく異質の、深く硬質な世界である。この本に私が出会ったのは、1968年、日ごとに変わる喧騒の中で、しかもなお静かに深く考えることを教えてくれた本であった。森有正は晩年、『生きることと考えること』(講談社現代新書)などの親しみやすい本も残している。読まずにすます読書術。原著に挑み、原語に触れる解読術。新聞・雑誌の看破術。難解な本をとりこむ読破術。それぞれが、豊富な例示とともに語られる。中でも私が気に入ったのは、最終章「難しい本の読破術」である。この章は、いきなり、「わからない本は読まないこと」という助言で始まる。第一に、難しい本の大部分は、文章が下手か、著者が自分の言うことを十分に理解していないかである。第二に、立派な本の中にもある難しい本の場合には、分加藤周一著読書術岩波現代文庫、2000年、初版1962年どういう本を読んだらよいかについては論じようがないが、どう読んだらよいかは一般論として論じられる。著者はそう考え、自らの読書術を公開する。その技術は多面的である。急がば回れ、古典を味わう精読術。新刊を数でこなす速読術。臨機応変、からない理由が読者の側にある。その種の本の理解には、単語の意味の正確な理解だけでなく、著者の経験とほとんど同種の経験を持っていなければならない、という。この主張には一瞬たじろぐが、「私にとってむずかしい本は私にとって必要でなく、私にとって必要な本は私にとってかならずやさしい」という言葉に力づけられる。医学から出発して東西の文化を論じた当代随一の知性・加藤周一の言葉だけに、傾聴の価値があろう。33