ブックタイトル2016読書の年輪 -研究と講義への案内-

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2016読書の年輪 -研究と講義への案内-

寺田寅彦著/小宮豊隆編寺田寅彦随筆集[全5冊]岩波文庫、1・2:1993年(1947年)、3・4:1983年(1948年)、5:1986年(1948年)寺田寅彦という物理学者は夏目漱石の『三四郎』に登場する野々宮さんのモデルとして、また「天災は忘れた頃に来る」という防災の警句で知られ、随筆家で俳人でもある。寺田の研究には、まだX線が粒子線か電磁波かが不明だったとき、鉱石の結晶による波としての回折の実験を行ったものがある。実験を成功させNature誌に発表した。しかし、ブラッグ父子がほんの少し先んじて研究していたことを知って寺田はこの研究を止め、全く別の方向に研究を変えた。「人まね嫌い」だったそうである。ブラッグ父子はノーベル賞を受賞し、寺田は学士院恩賜賞を受けた。随筆集『備忘録』中の「線香花火」には花火の説明に加えて、日本固有の線香花火が次々に枝分かれする現象を日本人の手で解明したい、西洋の学者の堀り散らかした後へ鉱石のかけらを探しに行くもよいが足下に埋もれている宝をも忘れてはならない、と書いている。この『備忘録』は第2巻に収録されているが、文庫には第1巻から第5巻まであり、科学を対象にしたものに限らず文学味豊かな多くの随筆が集められている。すべての分野の学生諸君に勧めたい。身近なことを観察しながら本質を洞察する寺田寅彦の精神を学び、楽しんでほしい。湯川秀樹著目に見えないもの講談社学術文庫、1976年日本人の心が敗戦直後沈んでいた時代に、湯川秀樹が日本人として初のノーベル賞を受賞するというニュースは人々に元気を与えた。多くの若者が物理学の研究を目指すことになった。私もその一人である。しかし、湯川が多くの本を読んでいる教養人であり、格調高く深い内容をもつ学問論や現代の物理学の解説を多く書いていることには気づいていなかった。最近改めてこの古くてなお新しい本を読んでみた。湯川の研究は理論物理学である。現代の理論物理学が何を研究し何をめざすのか、当時(1940年代まで)の状況を踏まえて述べたのが前半である。後半には自らの生い立ちや折々感じたことを振り返り、自然観、研究観、科学論等々を述べた文章が集められている。私にとって印象深い箇所の一つは「科学と教養」の中で、ある自然科学書が単なる知識としてではなく真に一般人の教養に役立つか否かは、主として著者の心構えとか気魄とかがその内容を通じて感得せられるか否かだと書いているところである。もう一つは「目に見えないもの」の中で、黴菌の研究と医学をたとえにして、人々に原子や電子の研究に親しみをもつよう仕向ける必要性を示唆しているところである。今日の、人間生活と先端科学の精神的な乖離を予想していたかのようである。48