ブックタイトル2016読書の年輪 -研究と講義への案内-

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概要

2016読書の年輪 -研究と講義への案内-

パスカル著パンセ前田陽一/由木康訳、中公文庫、1973年「人間は考える葦である」―誰もが知っているパスカルの名言である。考えるものである限り、いとも簡単に人間を押しつぶすであろう宇宙よりも人間は「尊い」、なぜなら人間は「自分が死ぬこと、宇宙が自分を超えること、を知っているが、宇宙はなにも知らない」からだ(347番)。『パンセ』には人生のヒントになる警句がみちている。私自身は、人生に悩み始めていた高校1年の終わりに、のちにドイツ語学者になった早熟の友人M君にこの本を教えられた。当時は抄訳本で、いわば名言ばかりが収められた、読みやすい文庫本だったが、この全訳本が出てすぐに買い求め、長い間私の枕頭の書の一つになってきた。もとより、パスカルは信仰の人であるがゆえに、随所に神への祈りが記され、無限と無との中間に位置する人間に対する冷静な視線と細やかな気配りが配されている。真空実験に成功し、数々の科学的功績も上げた彼の幾何学的精神は、人間の驕りや傲慢を戒める厳しい繊細な精神によって支えられている。「二つの行き過ぎ。理性を排除すること、理性しか認めないこと」(253番)。乱読して、気に入った断章にチェックを入れ、繰り返し精読することをお勧めしたい。悩める君には、きっと抜け道が見つかり、明日への力が湧いてくることだろう。馬場あき子著鬼の研究ちくま文庫、1988年かつて「鬼の文化誌」といったものを書いてみたいと考えていた時期がある。「鬼!人でなし!」という、時代劇に登場する悪役に投げつけられる常套の悪態が気になっていたこともそうだが、幼いころから何やら「オニがくるよ」と言われて脅されてきたせいかもしれない。可愛らしい子鬼たち(我が子)が眼の前で戯れている自分の年齢を自覚するようになったからでもある。ちょうど三一書房版のこの書があって、すぐに読み、山なす文献を博捜して得たと思われる著者の該博な知識と、鬼たちへの共感に満ちた多彩な深い洞察力に圧倒された。著者によれば、鬼とは「畏れるべきものであり、慎むべき不安でもあった根源の力」であり、他方で忌み嫌われる鬼たちとは、権力によって追い払われた「反体制、反秩序」の輩たちであり、彼らを著者は「犠とされた人と生活」の「暗黒部に生き耐えた人々の意志や姿」でもあると言う。今回再読してみて、鬼の姿を多面的に浮かび上がらせる著者の力量と表現力には、とてもかなわないと思ったことである。近年私自身「良心」概念を探究するなかで、「オニ」は人びとの心のなかに多様な姿をして住んでいるものだと思うようになっている。「オニ」とは私たちの良心に映し出される自分自身の鏡像ではないのかと。7